全麹酒とは。
米を、すべて麹に。
掛米を使わないという一点。麹にする米は5倍、味は濃密。麹そのものを飲むような一杯がある。
全麹(ぜんこうじ)とは、仕込みに使う米をすべて麹にして醸す造り。ふつうの酒なら8割ほどを占める「掛米」を、いっさい使わない。極端で、手間がかかり、そしてほかでは出せない濃密さにたどり着く設計だ。
ひとくち含むと、まず甘みが来る。次に、その甘さを引き締める酸。とろりとした質感が舌に残り、余韻が長い。日本酒ともワインとも違う、麹という素材そのものの味——それが全麹酒の正体だ。
酒造りの比率を、壊す。
一般的な清酒づくりでは、原料米のうち約2割を麹にし、残り8割は蒸した掛米として加える。麹がつくる酵素が掛米のデンプンを糖に変え、その糖を酵母がアルコールに変える——この分業で酒ができあがる。
全麹は、この比率を根本から変えてしまう。米を10割すべて麹にするのだ。酵素も、麹由来の旨み成分も、通常の何倍もの密度で仕込みに入る。結果として、糖化の力が強く働き、発酵で消費しきれない糖が残る。だから甘い。同時に麹由来のアミノ酸や有機酸も濃く出るため、ただ甘いだけでは終わらない、厚みのある味になる。
麹をつくるのは、いちばん重い仕事。
製麹(せいきく)——蒸した米に麹菌を植え、温度と湿度を管理しながら二昼夜ほどかけて育てる工程は、酒造りのなかでもっとも神経を使う作業とされる。夜通し数時間おきに手入れをすることもある。
全麹とは、その重い工程を背負う量が跳ね上がるということだ。通常2割の米を麹にするところを10割にするのだから、製麹する米の量は単純計算で5倍になる。同じ量の酒を仕込むのに、麹室(こうじむろ)の稼働も、人手も、時間も跳ね上がる。それでも造る蔵があるのは、そこにしかない味があるからにほかならない。生産量が限られ、価格も高めになりがちなのは、この構造ゆえだ。
蒸米を使わない、米の酒。
興味深いのは、全麹という選択が法律上の区分にも影響しうることだ。酒税法が定める清酒の原料は「米、米こうじ、水」。全麹では蒸米(掛米)を加えず米麹だけで仕込むため、この原料構成から外れ、「その他の醸造酒」として造られるケースがある。
収録銘柄でいえば、新潟・柏崎の弥栄醸造が醸す「ITTEKI(一擲)十割麹酒」は、米麹のみで仕込むため清酒規格の外にある一本だ。米だけで造っているのに、制度上は日本酒と呼べない——この逆説が、クラフトサケという領域のおもしろさをよく表している。区分の考え方はどぶろくとはでも整理している。
酒類の分類は原料と製法の組み合わせで決まり、個々の商品がどの品目にあたるかは製造者の届出によります。本記事は一般的な仕組みの説明で、特定商品の区分については各蔵の表示をご確認ください。
濃密さを、飲みくらべる。
全麹はまだ数の少ない造りだが、それぞれの蔵がまったく違う解釈を見せている。
福島・小高のぷくぷく醸造が醸す「木桶発酵 全麹酒 雫取り」は、全麹に木桶仕込みを掛け合わせた最上位の一本。麹の濃密さに、木桶がもたらす微生物の複雑さが重なる。いっぽう弥栄醸造の「ITTEKI(一擲)」は、柏崎市宮之下の米で醸すことを蔵の方針として掲げる一本だ(この銘柄個別の公式表記は「新潟県産米」)。
同じ「全麹」でも、木桶と組めば複雑に、単一品種と組めば澄んだ輪郭に。麹という土台が強いぶん、そこに何を重ねるかで表情が大きく変わる。
黄・白・黒、三つの麹。
全麹酒の味を決めるのは、量だけではない。どの麹菌を使うかが、同じくらい効いてくる。米をすべて麹にするということは、麹菌の性格がそのまま酒の性格になるということでもある。
黄麹は、日本酒づくりで長く使われてきた麹だ。穏やかな甘みと、なめらかな旨みを生む。全麹で使えば、麹本来の甘さがまっすぐ出る。白麹は焼酎づくりに由来し、発酵の過程でクエン酸をつくる。この酸が甘みを引き締めるため、全麹の濃厚さと組み合わせると、甘酸っぱく厚みのある味に仕上がる。クラフトサケで白麹が好まれるのは、この設計のしやすさが理由のひとつだ。
黒麹もまたクエン酸を出すが、白麹より力強く、味に骨太な輪郭を与える。泡盛づくりに使われてきた麹で、南国の高温多湿な環境でも腐敗を防げる強さを持つ。
つまり全麹酒とは、麹菌という素材の個性を、隠すもののない状態で差し出す造りだ。掛米という緩衝材がないぶん、選んだ菌の性格が容赦なく出る。造り手にとっては勝負であり、飲み手にとっては麹そのものを味わえる稀な機会になる。
味噌も醤油も、麹から。
麹は酒だけのものではない。味噌、醤油、酢、みりん、甘酒——日本の食卓を支える調味料の多くが、麹の働きから生まれている。米や大豆のデンプンとタンパク質を、麹の酵素が糖とうまみに変える。この仕組みが、和食の土台をつくってきた。
そう考えると、全麹酒という造りの位置づけが見えてくる。酒を、もっとも調味料に近い側から造っているのだ。甘みが強く、酸があり、旨みが濃い——全麹酒の味の輪郭は、みりんや甘酒といった麹由来の食品と地続きにある。
実際、クラフトサケの造り手には糀屋(こうじや)を営みながら酒を醸す例もある。麹を売る仕事と、麹で酒を造る仕事は、彼らのなかで切れていない。麹という一つの素材から、食べるものと飲むものが同じ手つきで生まれてくる。
全麹酒を飲むとき、日本酒の一種として捉えるより、「麹という素材の、ひとつの現れ方」と考えたほうが腑に落ちるかもしれない。だから食べものとの相性もよく、料理に使ってもおいしい。もとが同じところから来ているのだから、当然といえば当然なのだ。
ちなみに麹菌(ニホンコウジカビ)は、2006年に日本醸造学会によって「国菌」に認定されている。国を代表する菌という位置づけだ。味噌汁の一杯から、醤油のひとさじ、そして全麹酒の一口まで——同じ菌の仕事が、食卓のあちこちに顔を出している。そう思って飲むと、濃密な甘みの奥に、見慣れた味の記憶が重なって見えてくる。
全麹という造りが近年になって増えてきたのも、この文脈で見ると自然だ。発酵という営みそのものへの関心が高まり、麹を主役に据える発想が受け入れられやすくなった。酒を「米の酒」としてではなく「麹の酒」として差し出す——その視点の転換が、この濃密な一杯を生んでいる。
磨くほど良い、とは限らない。
日本酒の世界では長く、米を磨くほど上等とされてきた。精米歩合50%以下を大吟醸と呼び、外側を削るほど雑味が減り、香りが澄んでいく——その価値観は、いまも根強い。
ところがクラフトサケの数字を並べると、別の景色が見える。saketto の収録銘柄で精米歩合が公開されている76件を集計すると、もっとも多いのは90%だ。次いで92%。ほとんど削っていないということである。もちろん50%や60%まで磨いた銘柄もあるが、分布の重心は明らかに「削らない」側にある。
これは手抜きではなく、設計思想の違いだ。米の外側には、雑味のもとになると同時に旨みのもとにもなる成分がある。削れば澄むが、その分だけ米の個性も落ちる。ホップや果実と渡り合うには、澄んだ酒よりも骨格のある酒のほうが向く——副原料を使う造りだからこそ、米を残す選択に意味が出てくる。
全麹酒の場合は事情がもうひとつ重なる。麹にする米は磨きすぎると麹菌が繁殖しにくくなるとされる。削らないことが、全麹という造りと相性がいい。精米歩合90%という数字は、粗い酒の証ではなく、麹の力を引き出すための条件なのだ。
濃いから、小さく注ぐ。
全麹酒は甘みと酸がしっかりしているぶん、少量をゆっくりが似合う。ワイングラスなど口の広い器で香りを開かせ、冷やしすぎない温度(10〜15度)から始めると、甘みと酸のバランスが取りやすい。
料理を合わせるなら、甘さに拮抗する塩気や発酵食品が好相性だ。熟成チーズ、生ハム、味噌を使った料理、レバーパテなど。デザートワインのように、食後に単体で楽しむのもいい。ロックにして薄めながら飲むと、濃度の変化を追えて面白い。詳しくは飲み方・楽しみ方へ。
全麹酒は甘口ばかりですか?
甘みが出やすい造りではありますが、発酵の進め方や酸の設計で辛口寄りに仕上げることもできます。ただ共通して言えるのは「味が濃い」こと。甘辛よりも、密度の高さが全麹らしさです。
甘酒と似ていますか?
麹の甘みという点では近い印象を受けるかもしれません(甘酒との違いはどぶろくとはで整理しています)。全麹酒はそこに麹由来の酸と厚みが乗るぶん、甘酒よりずっと輪郭がはっきりしています。
「十割麹」と同じものですか?
基本的に同じ造りを指す言い方です。米をすべて麹にすることから「全麹」「十割麹」と呼ばれます。蔵によって表記の好みが分かれます。
麹の力を極端まで押し進めたのが全麹なら、容器の力を借りるのが木桶仕込み。造りのことばを知るほど、一本の設計が読めるようになる。
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