どぶろくとは。
こさないという選択。
白く濁った、いちばん古い米の酒。その「こさない」一工程が、いまいちばん新しい自由を生んでいる。
どぶろくとは、発酵したもろみをこさずに仕上げる米の酒。米粒や麹が溶け残ったまま、白く濁っている。日本でいちばん古い酒のかたちでありながら、いまクラフトサケのもっとも新しい表現でもある——それが、どぶろくという酒だ。
甘酒のようにとろりとしたもの、ヨーグルトを思わせる酸味のあるもの、しゅわしゅわと発泡するもの。ひとくちに「どぶろく」といっても味の幅は驚くほど広い。その振れ幅の大きさこそが、いま造り手たちを惹きつけている理由でもある。
日本酒とどぶろくを分けるのは、たった一工程。
どぶろくと日本酒(清酒)の違いは、原料でも味でもない。「こす」かどうか、ただそれだけだ。酒税法が清酒を「米、米こうじ、水などを原料として発酵させてこしたもの」と定めているため、この一工程を経ない酒は、どれだけ丁寧に醸しても清酒とは呼ばれない。分類は「その他の醸造酒」になる。
ここで多くの人がつまずくのが、にごり酒との違いだ。にごり酒も白く濁っているが、あちらは目の粗い布などで一度こしたうえで、澱をあえて残している。つまり工程としては清酒の側にいる。見た目がそっくりでも、法律上はまったく別の区分——この境界線を知っておくと、ラベルの「品目」表記の意味が急にはっきり見えてくる。
かつて、酒は台所で生まれた。
どぶろくは、もともと家庭で造られる酒だった。収穫した米と麹を仕込み、その家、その土地の味に育てる。全国各地の自家醸造を記録した文献『諸国ドブロク宝典』には、地域ごとに驚くほど多様な造りが残されている。神社の神事として奉納されるどぶろくは、いまも各地に受け継がれている。
しかし、酒造りが免許制になり、家庭での醸造が姿を消していくなかで、どぶろくは日常から遠ざかった。造り手が減れば、レシピも技も途絶える。花酛(はなもと)のように、いちど「幻」と呼ばれるまで忘れられた製法もある。どぶろくが再び表舞台に戻ってくるまでには、長い空白があった。
どぶろくの歴史や地域の慣習には、文献・伝承にもとづく部分が多く、細部には諸説あります。本記事は一般に語られている内容と、収録蔵の公式情報をもとに構成しています。酒類の製造には免許が必要です。
「こさない」ことが、自由になった。
日本酒(清酒)の製造免許は、新規に取得することがきわめて難しい。だが「その他の醸造酒」であれば、条件を満たせば新たに免許を得る道がある。つまり、こさない酒を選ぶことは、新しい造り手が世に出るための現実的な入口だった。
そしてこの枠には、もうひとつの自由がついてくる。清酒の定義から外れる以上、米と米麹以外のものを使ってもかまわない。ホップ、果実、茶葉、ハーブ、スパイス——副原料を自由に選べる。制度上の制約から始まったはずの選択が、結果として表現の幅を一気に押し広げた。いまクラフトサケと呼ばれる酒のほとんどが、この地点から生まれている。成り立ちの全体像はクラフトサケとはで詳しく紹介している。
甘い、酸っぱい、しゅわしゅわ。
どぶろくの味を決めるのは、主に発酵をどこで止めるかだ。糖が残っているうちに瓶詰めすれば甘口に、発酵を進めればすっきりと辛口に寄る。白麹や乳酸を使えばヨーグルトのような酸が立ち、火入れをしない生タイプなら瓶の中で発酵が続き、開けたときに気泡が上がってくる。
米粒の溶け具合も口当たりを大きく変える。ざらりとした粒感を残すもの、なめらかに均一なもの、ムースのように空気を含むもの。同じ「どぶろく」の三文字でも、蔵によってまるで別の飲みものになる——飲み比べがこれほど楽しいジャンルはそうない。温度や器の選び方は飲み方・楽しみ方にまとめている。
工程は、日本酒とほぼ同じ。
どぶろくと聞くと素朴な酒を想像するかもしれないが、造りの工程そのものは清酒とほとんど変わらない。米を洗って蒸し、麹をつくり、酒母を立て、もろみを発酵させる。違うのは最後、搾らないという一点だけだ。
ただし「搾らない」ことは、造り手にとって逃げ場がなくなることでもある。清酒なら搾りの工程で澱や雑味を分けられるが、どぶろくは仕込んだものがそのまま製品になる。米の溶け具合、麹の出来、発酵の進み方——すべてが飲み口に直結する。ごまかしのきかない造りだと言われるゆえんだ。
味を決める分かれ道はいくつもある。麹の選択ひとつで甘みにも酸にも振れる(麹そのものについては全麹酒とはで詳しく扱っている)。米の溶かし方では、粒を残せばざらりとした食感に、溶かし込めばなめらかになる。発酵をどこで止めるかで甘辛が決まり、火入れするかしないかで、瓶の中での変化の有無が決まる。
火入れをしない生タイプは、瓶詰め後も酵母が生きている。出荷されたあとも発酵が続き、店頭で、冷蔵庫で、少しずつ変わっていく。開けたときにガスが上がるのはそのためだ。造り手の手を離れてなお動き続ける——どぶろくが「生きている酒」と呼ばれるのは、比喩ではない。
こさない酒は、日本だけじゃない。
穀物を発酵させて、濾さずに飲む——この形の酒は、世界のあちこちにある。穀物が採れる土地には、たいてい濁った酒があると言っていい。
いちばん身近なのは韓国のマッコリだろう。米と、ヌルクと呼ばれる麹の一種を発酵させた、白く濁った酒。日本のどぶろくと発想はよく似ている。中国にも米を醸した濁り酒があり、東南アジアには米から造る地酒が各地に伝わる。
穀物が米でなくてもいい。アフリカにはモロコシやキビを発酵させた濁った酒があり、中南米にはトウモロコシを使った伝統的な酒がある。ヨーロッパでも、濾過していない濁ったビールは珍しくない。「澄んだ酒」のほうが、むしろ技術と手間をかけた特殊な形なのだ。
そう考えると、どぶろくは遅れた酒でも粗野な酒でもない。人が穀物から酒を得るときの、もっとも自然な帰結である。日本ではそこから清酒という精緻な形が生まれ、いまクラフトサケがまた「こさない」ほうへ戻ってきた。往復のなかに、この国の酒の歴史がある。
ただし「戻ってきた」といっても、単純な復古ではない。かつてのどぶろくが限られた材料と設備で造られた酒だったのに対し、いまのどぶろくは選べる時代の、あえての選択だ。温度管理も、麹菌の種類も、酵母も選べる。そのうえで搾らないことを選んでいる。同じ「こさない」でも、意味がまるで違う。
その違いは、味にもはっきり出る。かつてのどぶろくが「そうなった」酒だとすれば、いまのどぶろくは「そう造った」酒だ。米の溶け具合も、酸の量も、ガスの強さも設計されている。素朴な見た目のまま、中身はかなり緻密——このギャップこそが、いまのどぶろくのおもしろさだと言っていい。
飲み手の側も変わった。かつては安価な酒の代名詞でもあったどぶろくが、いまは数百円台のものから、造りにこだわった数千円の一本まで幅広く並ぶ。価格帯そのものが大きく広がったことが、このジャンルの現在地をよく表している。
各国の伝統酒については、一般に知られている範囲での紹介です。製法や分類は地域・時代によって幅があり、細部は異なる場合があります。
同じどぶろくでも、出発点が違う。
どぶろくの味を左右する要素のうち、飲み手にいちばん見えにくいのが酒母(しゅぼ)だ。酵母を安全に増やすための最初の仕込みで、ここで何を使うかによって、酒の酸の出方も香りの方向も変わる。
saketto の収録銘柄で酒母が公開されているのは40銘柄。表記をそのまま数えれば24通り、書き方の違いをまとめると9つの系統になる。もっとも多いのは高温糖化・生酛系・水もと(水酛)系で、いずれも7銘柄ずつ。短期間で安全に立てられる現代的な高温糖化と、手間のかかる古典的な酒母が、ほぼ同じ数だけ並んでいる。
菩提酛や水酛は、室町期の寺院で行われていたとされる古い手法だ。生米を水に漬けて乳酸発酵させ、その酸っぱい水を仕込みに使う。雑菌を寄せつけない環境を、微生物の力だけでつくる——冷蔵も薬剤もない時代の知恵である。それが令和のどぶろくで現役で使われている。
さらに花酛のように、植物の力を借りる手法もある。「こさない」という一点で括られるどぶろくの内側に、これだけ違う出発点が並んでいる——ラベルに酒母の表記があったら、そこは読み飛ばさないでほしい。その一語が、味の設計図を教えてくれる。
米と麹だけの、まっすぐな一杯。
saketto では、副原料を使わず米と麹だけで醸したものを「古典どぶろく」として分類している。ここには、東京駅のエキナカで醸す東京駅酒造場、大阪の平和どぶろく難波醸造所と日本橋の兜町醸造所、岩手・遠野のnondo、福島・小高のぷくぷく醸造、滋賀の糀屋ハッピー太郎醸造所などが並ぶ。
いっぽうで、ホップを効かせたどぶろく、果実を仕込んだどぶろくも数多い。稲とアガベの「DOBUROKU ホップ」、LAGOON BREWERYの果実を漬け込んだシリーズなどがその代表だ。「こさない」という一点だけを共有して、あとは自由——どぶろくというジャンルの広さが、そのまま棚に並んでいる。
どぶろくと甘酒は、違うもの?
別のものです。甘酒は米と麹の糖化だけでつくる、アルコールをほとんど含まない飲みもの(酒粕を溶いたタイプは微量に含みます)。どぶろくは酵母による発酵を経たお酒で、度数はおおむね5〜17度と幅があります。見た目が似ているので混同されやすいところです。
どぶろくは日本酒ですか?
酒税法上は日本酒(清酒)ではなく「その他の醸造酒」に分類されます。原料も造りも清酒とほぼ同じですが、「こす」工程を経ていないためです。味わいの近さと法律上の区分は別のもの、と考えるとすっきりします。
開けるときに吹きこぼれませんか?
生タイプや活性タイプは瓶内で発酵が続いているため、勢いよく噴き出すことがあります。よく冷やし、瓶を立てたまま、栓を少しずつ開けてはガスを逃がす——これを数回くり返すのが基本です。シンクの上で開けると安心です。詳しくは飲み方・楽しみ方へ。
「こさない」という選択から、クラフトサケの自由は始まった。その原点にある製法や、麹だけで醸すという極端な設計も知れば、一杯の奥行きがさらに増す。
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