花酛とは。
米とホップの、古い約束。
東北に伝わる幻のどぶろく製法、花酛。東洋のホップ「唐花草」で醸すその酒に、クラフトサケの自由の原点がある。
花酛(はなもと)とは、東北地方に伝わるとされる“幻のどぶろく製法”。「東洋のホップ」と呼ばれる植物唐花草(からはなそう)を使い、まるでビールのように醸す——米の酒とホップが、ずっと昔に出会っていた証のような造りだ。
クラフトサケといえば「ホップを使った日本酒」のイメージを持つ人も多い。その源流をたどると、現代の発明ではなく、日本の家庭に伝わっていた古い製法にたどり着く。それが花酛。いまやほとんど忘れられたこの製法を、福島の小さな蔵が甦らせたことから、クラフトサケのひとつの潮流が生まれた。
ホップは、日本にも生えていた。
花酛の鍵をにぎるのが、唐花草(からはなそう)という植物だ。ビールの苦味と香りをつくるホップ。その近縁種にあたり、東北の山奥などに自生している。だから「東洋のホップ」とも呼ばれる。じつは、ビールに使われるあのホップの和名は「セイヨウカラハナソウ」——つまり、日本の唐花草と西洋のホップは、植物として親戚どうしなのだ。
かつての人々は、身近な山に生えるこの唐花草を摘み、酒づくりに使った。その煎じ汁には、雑菌の繁殖をやわらげる働きがあるとされ、ホップがビールの保存性を高めるのと同じ知恵が、米の酒にも生きていた。日本の山里に、ホップを効かせた酒が——その事実が、ビールと日本酒をへだてる壁を、軽やかに飛び越えていく。
家庭の酒が、消えたとき。
花酛は、かつて各家庭でどぶろくづくりを楽しんでいた時代に行われていたとされる製法だ。専門の蔵だけでなく、ふつうの家の台所で、その土地の植物を使って米を醸す——そんな暮らしの酒の一つだった。記録は、各地の自家醸造を集めた文献『諸国ドブロク宝典』などにわずかに残る。
しかし、家庭での酒づくりがやがて姿を消していくなかで、花酛もまた忘れられていった。受け継ぐ人がいなくなれば、製法は途絶える。山の唐花草で醸す酒は、いつしか「幻」と呼ばれるようになった。木桶仕込みがそうであったように、効率や制度の流れのなかで、手のかかる小さな知恵が静かに失われていったのだ。
花酛の歴史や来歴は、文献や伝承に基づく部分が多く、細部には諸説あります。本記事は、再現に取り組む蔵(haccoba)の公式情報と『諸国ドブロク宝典』等の記述をもとに、一般的に語られる内容を紹介しています。
「自由を、醸そう。」はじまりの一本。
その幻の製法に光を当てたのが、haccoba。2021年、福島県南相馬市小高区で立ち上がったクラフトサケの先駆けだ。この蔵が花酛を再現してつくった「はなうたドロップス」は、唐花草の軽やかな苦味で、お米と麹のやさしい味わいを際立たせたどぶろく。失われた製法を、現代の蔵がもう一度かたちにした。
さらに haccoba は、この古い花酛に、ビールの「ドライホッピング」技法を掛け合わせる。発酵の後半にホップを加えて香りを開かせる、クラフトビールの自由な発想だ。こうして生まれた看板銘柄が「はなうたホップス」。米のクリアな甘みと、華やかなホップの香りが同居する一本は、いまのクラフトサケを象徴する味になった。「花酛」の名を冠した復刻版「水を編む」もある。
米の酒とホップは、敵じゃない。
花酛がクラフトサケにとって特別なのは、それが単なる懐古ではないからだ。「日本酒にホップなんて邪道だ」——そんな声に対して、花酛は静かにこう答える。米の酒とホップは、もともと日本で出会っていた、と。
この「もともとあった」という一点は、思いのほか重い。新しいことを始めるとき、人はしばしば伝統と対立させられる。だが花酛の存在は、その対立そのものが思い込みだったと示している。伝統とは固定された一つの形ではなく、失われたものも含めた幅のことだ——そう考えられるようになると、造り手の選択肢は一気に広がる。
だから花酛は、いまも参照され続けている。復刻そのものを目指す造りだけでなく、「昔の人はこう考えたのか」という発想の種として。山の草を使う、身近な素材で保存性を高める、ビールのような手つきで米を醸す——ひとつひとつは古い知恵だが、組み合わせ直せば新しい酒になる。過去は、いちばん手つかずのアイデアの宝庫でもある。
失われた製法は、おそらく花酛だけではない。各地の家庭で醸されていた酒には、記録に残らないまま消えた工夫がいくつもあったはずだ。いま残っている文献は、その氷山の一角にすぎない。花酛が甦ったことは、まだ他にも掘り起こせるものがあるという合図でもある。
クラフトサケは、清酒(日本酒)の定義の外で自由に醸される米の酒。ホップや果実を使い、もろみを濾さない。一見すると「新しすぎる」その造りは、じつは古い知恵の再発見でもある。花酛という原点があるからこそ、造り手たちは胸を張ってホップを使い、自由に副原料を選べる。伝統に根ざしながら、誰も見たことのない味へ——その精神の出発点に、花酛は立っている。クラフトサケの成り立ちそのものは、クラフトサケとはでも詳しく紹介している。
山に生える、つる草。
唐花草(カラハナソウ)は、アサ科のつる性植物だ。夏から秋にかけて、松かさのような形の毬花(きゅうか)をつける。この毬花こそが、酒に苦味と香りをもたらす部分——ビールのホップとまったく同じ仕組みだ。
ホップと唐花草の関係は、名前を並べるとはっきりする。ビールに使うホップの和名はセイヨウカラハナソウ。つまり「西洋の唐花草」であり、日本に自生するカラハナソウは、その変種とされる近縁の植物にあたる。植物としては、どちらもホップの仲間だ。
毬花のなかにはルプリンと呼ばれる黄色い粒がある。ここに苦味と香りのもとが詰まっていて、指でつぶすと独特の香りが立つ。ビール醸造では、この成分を煮出して苦味を取り出す。花酛の造りでは、唐花草を煎じた汁を仕込みに使ったとされる。使う植物も、狙う効果も、ビールとほとんど変わらない。
もうひとつ知られているのが抗菌の働きだ。ホップに含まれる成分には雑菌の繁殖を抑える作用があり、ビールの保存性を高めてきた。冷蔵設備のない時代、山の草がその役目を果たしていた——花酛が生まれた背景には、こうした経験の蓄積があったと考えられる。
唐花草の分類や成分については一般に知られている範囲を記しています。花酛での具体的な使用法は文献・伝承に基づく部分が多く、細部には諸説あります。
古い製法が、いちばん新しい棚をつくった。
花酛の再現から始まったホップの酒は、いまクラフトサケの主要なジャンルのひとつになっている。saketto がジャンル軸で「ホップサケ」に分類するのは10蔵。米と麹だけの古典どぶろく(16蔵)、果実サケ(12蔵)に次ぐ規模だ。最大勢力ではないが、この酒が「日本酒の外」へ出るとき最初に開いた扉がここだった。
おもしろいのは、蔵ごとにホップの使い方がまるで違うことだ。仕込みの最初から入れて苦味を酒に溶かし込む造り、発酵の後半に加えて香りだけを立たせる造り、品種を明示して個性を打ち出す造り。ビール由来の技法を、それぞれが自分なりに翻訳している。
ホップの品種名がラベルに載ることも増えた。シトラは柑橘を思わせる香り、ネルソンソーヴィンは白ワインのような風味、ハラタウブランは白ワインを思わせる華やかなアロマ——ビール好きなら馴染みのある名前が、米の酒のラベルに並ぶ。これは十年前には考えにくかった光景だ。
花酛という原点がなければ、ここまで堂々とホップを使えただろうか。「日本酒にホップは邪道」という声に対して、「もともと日本にあった」と答えられる根拠があることの意味は大きい。古い製法が、いちばん新しい棚をつくっている。
177本のうち、27本。
花酛から始まったホップの酒は、いまどれくらいの規模になっているのか。saketto の収録177銘柄を副原料で分類すると、ホップを使った銘柄は27。米と麹だけの47銘柄、果実系の35銘柄、アガベ・蜂蜜・出汁などの特殊副原料(31銘柄)に次ぐ規模で、茶葉・ハーブ(17銘柄)を上回る一角だ。蔵の数でいえば12蔵が手がけている。
副原料そのものは全体で120通りを数えるが、そのなかでホップは単独の素材として突出して多い。果実は苺・ぶどう・柑橘などに分かれるため、「ひとつの素材」として見ればホップが最大勢力といっていい。幻の製法だったものが、いまジャンルの背骨のひとつになっている。
使われ方も一様ではない。品種名まで公開している銘柄があり、シトラを使ったものだけで複数確認できる。ハラタウブランやネルソンソーヴィンといった、クラフトビールで名の通った品種も登場する。ビールの語彙が、そのまま米の酒のラベルに移植されている。
唐花草を煎じて雑菌を抑えた昔の造りと、品種を選んで香りを設計する現在の造り。技術の精度はまるで違うが、「米の酒にホップを使う」という一点は同じだ。19という数字は、その連続性が現実の棚の上で確かめられるところまで来たことを示している。
花酛から、いまの一本へ。
花酛を起点に生まれた「ホップサケ」は、いまや各地の蔵が手がけるジャンルになった。先駆者 haccoba のはなうたホップスや、花酛の名を冠した復刻版水を編むはもちろん、収録する蔵にもホップの造り手は多い。
たとえば、新潟・福島潟のほとりで醸すLAGOON BREWERYの「翔空 HOP SAKE」、ホップ品種を打ち出す福岡のLIBROM、低アルコールのホップサケも手がける福島・小高のぷくぷく醸造、糀屋ならではのホップどぶろくを醸す滋賀のハッピー太郎醸造所、そして「花風」でホップ(唐花草)を使う稲とアガベ。それぞれの解釈で、米とホップの出会いを描いている。唐花草・ホップを使った酒は、saketto の各軸からたどれる。
花酛のお酒は、どんな味?
唐花草やホップ由来の軽やかな苦味と華やかな香りに、米と麹のやさしい甘みが重なります。ビールほど苦くなく、日本酒ほど甘くない——その中間のような心地よさ、とイメージするとわかりやすいでしょう。よく冷やして、香りの立つグラスで楽しむのがおすすめです。
唐花草とビールのホップは、同じもの?
近縁の“別種”です。ビールに使うホップの和名は「セイヨウカラハナソウ」、日本の山に自生するのが「カラハナソウ(唐花草)」。いわば親戚どうしで、どちらも酒に苦味と香りをもたらします。だから、唐花草で醸す花酛は「日本に昔からあったホップの酒」とも言えるのです。
花酛のお酒は、どこで買える?
haccobaの公式オンラインショップや取扱酒販店、楽天市場などで手に入ります。少量生産で、季節やロットによって入荷が変わるため、気になる一本は見かけたときが買いどきです。
花酛は、クラフトサケの自由を支える原点のひとつ。木桶仕込みや全麹など、ほかの造りのことばも知れば、ひと口の背景がさらに立体的になる。
20歳未満の飲酒は法律で禁じられています。 飲酒運転は法律で禁止されています。妊娠中・授乳期の飲酒はお控えください。適量を守り、自分のペースでお楽しみください。